こんなボートでいける訳がない!かなりショックだが、私には引き返すことも天国への道を諦めることもできない。気持ちを切換えて「よし。これで行こう」とパイレーツに言うしかなかった。その黄色く太い竹でできているボロ舟(アウトリガーカヌー)に荷物を乗せて乗り込んだとき、ボートは大きく揺れつつバランスをとっていた。ボート中央外側についている小さなモーターエンジンを、油でギトついたヒモで引っ張りあげ、5回目でボンボンと音をたててエンジンがかかった。
そのボロ舟のキャプテンは乾いた象の革のようにしなびた顔をしていて年老いた漁師だった。私が挨拶がわりに笑うと彼もニヤッと笑い、ビートルナッツの赤黒い汁で汚れた口から1本の歯をのぞかせた。英語もインドネシア語もできないロンボク島の言葉しか知らない彼に、私は寛容だった。
一度だけアウトリガーカヌー特有の本体ボートの横についている浮きのような丸太にサーフボードがずれ込んだハプニングがあったが、私にとって選択の余地のない、この旅。ただゆったりと座り、リラックスし、自称サーフィン界のマルコ・ポーロのように、このすばらしい冒険を楽しめばよいと心に決めた。岬から離れるまでは・・。岬が切り開かれたところでボートは上下に激しく揺れ始め、風がヒューヒューと、うなり声を上げ、しぶきが吹き付けた。さっきまで湾の反対側はオフショアだったのに・・そう思っているとまた災難がやってきた。エンジンの排気ガスが吹き付けて吸いこんでしまい再び吐き気が・・それを見て彼らは、はやしたてたが私は気にせずに天国のサーフスポットを独り占めできるなら、と思い、腹立たしくなかった。
パイレーツが前方で格好をつけ、豪華船のキャプテンのように遥か彼方を見渡している間、ボートの中に海水がバチャバチャと入り始めた、私はせっせと足元にあったバケツで海水を出した。しぶきでびしょ濡れになりサーフボードと一緒に持ってきたカメラバックが濡れないようカバーをかけ、そして岬から出るまでは天国への旅と安心していたが、地獄への旅へと、どんでん返しが来る様な予感がした。
しばらくして寒さで震え、排気ガスで全身油まみれになり、船酔いで顔を上げることもできず、もう海水をかき出すことはできなかった。それを見てパイレーツが楽しそうにバケツを取って海水をかき出すのを見ていると、どんな状況でも楽しむ彼に頭が下がった。
エンジンが止まりかけたかと思うと、またボンッボンッと咳のように音を立てて動き始めたりと、何回か繰り返しているうちにとうとうエンジンが止まった。その瞬間沈黙になり、そして3人とも狂ったように騒ぎ始めた。再度エンジンをかけたがかからず、パイレーツがガソリンチェックをし、キャプテンが点火プラグの錆びを落としてもエンジンはかからなかった。サーフボードを浮き代わりに泳いでいくしかないと思った、その瞬間、エンジンが動きそうな音がした!そしてキャプテンは手当たり次第にヒモを引っ張り上げながら「くそっ」と小さくつぶやくと、つぶやいたせいなのか呪われたように彼は口からビートルナッツの赤黒い汁を吹き出し、荒れ狂ったように引っ張りつづけた。とうとう彼は引っ張り疲れエンジンに覆いかぶさり、おんおんと泣き出した。そしてエンジンをあやすかのように揺らし、安堵させるような祈りの言葉を唱え始めた。その時のキャプテンは、まるで海洋の異教徒のようだった。最後に渾身の力を込めてヒモをぐいっと引っ張り上げた!するとエンジンが飛び起きたように動き始め、私たちは歓声を上げ喜んだ。本当にこの旅は全く予測不可能だと思い知らされた。いよいよ天国(ロンボク島)に近づいてきた!標識など一切ない文明から遠く離れた誰も知らない未開の地へと来たのだ。海面から垂直に伸びた高さ数百メートルもある石灰岩の崖にうなりを上げながらセットがきれいに並んでいた!少しづつ近づいて行くとスプレーのようなしぶきもみえ始めた!
パイレーツは誇らしげに笑って「見るんだ!このオフショアを!スゴイだろ!」とモーター音をかき消すぐらいの大声で叫んでいたが、そんなことより私はボートが無事に岸へたどり着けるかがどうかが心配だった。でも徐々に岸へ近づくにつれ、からぶき屋根の集落が見えてこのセットを見ていると今までの困難などすっかり忘れ、早くサーフィンがしたくて、たまらなくなってきた。でもまずは、油まみれでギトギトになった体を洗い流したかった・・。
海岸から約1km離れたところで波の表面が見え「やっとだ!」そう思いながら、しばらく見つめていた。高さ8フィートのグーフィーが100m先まで続いていてパイレーツの言うようにレギュラーもあった!でもまだウルワトゥ、グラジャガンよりいいとは言えない。そんなことより本当に私たちは無事に岸へ着けるのだろうかと、また思い始めていた・・。
キャプテンとパイレーツはボートをどこに着けるか言い争っていた。波が海面から突き出たリーフにクラッシュし危険な状態だった。パイレーツは険しい崖のふもとに小さな入り江を見つけ「あそこに行こう!」と言う、入り江の幅は10mほどしかない隙間である。私たちの後ろから2フィート位にサイズダウンした波がゆるやかに巻き付いていたのでパイレーツが「よし行こう!」と言うが、キャプテンは「絶対に無理だ!」と強く頭を振った。
ちょうどショアブレイクが過ぎた時エンジンの動きが遅くなり、そしてまた波がきれいに整列し、こちらに向かってきた。理性を失ったその波はリーフに沿って気を引くようにパラパラとむけだした。ついにキャプテンはパイレーツの指示に従い、小さい入り江に向かってボートを進ませた。
タイミングを見計らって突進し船底がサンゴ礁に当たりガタガタ揺れながら無事入り江に着くことができた!大変だったこの旅ももうこれで終わりだと安心したその時!2フィートの波が4フィートの水の固体に変化し、ボートの上に覆いかぶさろうとしていた!パイレーツが「泳げ!岸まで!」と叫び、この時はじめていつも自信に満ち溢れている彼の目が恐怖心に満ちた目に変わっていた。
ボートが座礁したサンゴへぶちあてる前に私は海へ飛び込んだ!力強い潮の満ち引きの中、私はもがき、履いていたサンダルはどこかへ流されてしまった。岸にたどり着こうと必死でリーフを蹴り上げ足が切れ、全身全霊をかけて泳ぎまくった!後ろからキャプテンが「だから無理だって言ったんだ!お前は馬鹿だ!」とヒステリックに叫んでいるのが聞こえ、そしてボートの向こう側からカメラバックのノイズ音のようなものが聞こえ、ちらっと振り返ってみると4フィートの壁が白波になり、ボートを完全に飲み込んでいた。
さすがに、この状況で荷物のことはあきらめるしかない・・一番大事なのは命だ。ダメージを受けたがまだ生きている。パイレーツは私の顔を見て察したのか、諦めたはずのカメラバックを持ち、ボートから飛び出し、バックを私の方へ投げた!私はバックをしっかりとキャッチし、自分が沈んでもバックだけは高く持ち上げ、もがきながら必死に岸へと向かった。