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コラム 前編中編 第5回 「シークレットポイント in ロンボク島」 後編
 

第5回「シークレットポイントinロンボク島」 後編

パイレーツが「ボートをビーチに引き上げろ!」と叫んだが、長さ10mの水浸しの木の幹はどれだけ頑張っても3人の力ではとうてい動かせない重さだった。次々と波がボートに覆いかぶさりキャプテンは手足をバタつかせ不安定に回転し水かきにしがみついた。彼は全く泳げなかったのだ!すでにエンジンは水浸しになり、また動かなくなっていた。

「逆に押し出すんだ!!」と泣き叫ぶパイレーツ。私たちは波が小止みになるのを待ち、そして精一杯押し上げた。「ついにショアブレイクから抜け出せた!」と思った瞬間、大波でリーフ・ブレイクしている危険な所にまた流されていた!キャプテンは再び半狂乱になり唯一の手作りのカイで海水をかきまくり、そしてやっと私たちは安全な場所へ出ることができた。キャプテンが錨を投げた時、わざとパイレーツの方に投げつけたように見えた。当たっていたら彼は死んでいただろう。その時エンジンが乾いたのか、突然動き始めた・・。

パイレーツと私は疲れ果て、ビーチに倒れ込み、荷物が全てびしょ濡れになったのを見て、私は驚きのあまり肺が激しく上下し、心臓を突かれた気分になり、頭痛もしてきた。そしてパイレーツと顔を見合わせた途端、笑い転げていた!サーフィンをするためだけにこんな危険を冒しているクレイジーな自分が可笑しくて仕方がなかった。

荷物を拾い海から見た、かやぶき屋根の小屋へ向かう道を探し始めた。ついさっき崩れ落ちたような巨大な岩が道をふさいでいたので裸足で登り超えなければならなかった。岩石の表面は、砕けた貝殻やサンゴの塊で覆われていた。海は満月の満潮のため再び波が崖へとクラッシュ、私たちは岩石の周りで動き回りながら波が引くのを待った。

30分後には、最後の難所であるこの崖を乗り越えビーチへ出ることが・・もうクタクタである。持っていた荷物をはなし、熱い砂浜に倒れこんだ。そして、辺りを見回してみると・・10人のサーファーがこっちを見ている!?からぶき屋根のビーチカフェの日陰の中で冷えたビールをチビチビ飲みながら・・。

「やぁ兄弟、少し濡れたみたいだね?」とオージーサーファーがニタつきながら大声で叫んできた。私は信じられなかった!!1日かけてここへやって来て、こんなにすぐにサーファーたちを見るなんて!!

「おかえり、パイレーツ。またサーファーを連れてきたの?」いかにも都会から来たサーファーグループはそう言って、アイスボックスに近づくパイレーツにタオルを投げ、そして私を見てクスクス笑いだした。パイレーツは冷えたビールをがぶ飲みし両手を大きく広げ、首をかしげながら‘自分は無実だ’というふりをしてオドオドしながら私に笑いかけた。

アメリカ人のサーファーが「パイレーツに‘ここはあなただけのもの!’と言われただろ?」と私に言うが、私はまだしゃべることもできず、ただ砂浜の上で横たわったままだった。「‘グラジャガンよりいいよ!’とも言われたがそうじゃなかった!!」ときつい口調で、アメリカ人のサーファーはパイレーツをにらみつけた。パイレーツは日陰で幸せそうに座っていた。

「たぶん、‘今までにキングとロペスだけにしか教えてない。’とか言っただろ?」とフランス人サーファーが不満そうに言った。 「そうだ、コイツはここにいる全員を騙したんだ」と言って、全員が不機嫌な顔をしていた。

冷ややかな沈黙の中、彼らの前で落ち込んでいたら1人のサーファーが立ち上がり私の荷物と私を抱え上げ、1棟だけ残っているバンガローへ連れて行ってくれた。誰かが「今、我家はいっぱいだ!」と言うと、彼は笑った。私に、ここにいる全員に、そして自分自身に笑っていた。

すると日本人サーファーが「そんなに悪くないよ。」と口を挟み、「そうだ、俺たち10人だけだし。」と誰かが言った。「それにほとんど毎日、波はいいぜ。ウルワトゥの方が好きだけどあそこは混んでるしな。ここはバリ島の古き良き時代だな。」

私のボードを運んでくれているハワイアンが「君はパイレーツを責めることはできないよ、彼は収入が必要なんだ。ボートの旅が危険だと知っていたら誰も来ないだろう。」みんなはクスクスと笑っていたが、私は、そんな理屈が通る分けない!と口には出さずに叫んでいた。「彼は本当にいいヤツだよ、笑わせてくれるし、波もそんなに悪くないし、よく考えるとこれが本当のサーファー天国かもな。」前で歩いている私のカメラバックを持った男が振り返り、私に皮肉な笑みをしながら「1つ問題なのが誰もあのボートに乗って帰りたがらないんだよな。」と。

そして全員が笑った。天国をエサに誘拐され難破船に乗せられて、騙されて来たサーファーの一団である。私は一週間ほど滞在し、このすばらしい男たちと一緒にユニークな経験を分かち合った。パイレーツは客人をもてなす王のように、私たちに食事と冷えたビールをふるまった。彼は私たちを騙してると思いながらも、私たちがいい波を見たらそんなことは忘れるだろうとも思っていた。ロンボク島で過ごしたこの1週間は、私のサーフィン人生の中でとてもベストな日々だった。だから、またすぐ、ここへ訪れると私は確信できる。

 
第5回 「シークレットポイントinロンボク島」 後編 終了(2006年09月公開)
 
最後までご愛読いただき、ありがとうございました。 
 
 ピーター・ニーリー(Peter Neely) プロフィール
1975年以来30年もの間、バリ島およびインドネシア内各地でサーフィンを楽しんでいる現役オーストラリア人サーファー。バリ島を中心としたインドネシアのサーフィン界の活性化に役立ちたいと1992年に「インドネシアサーフ&ランゲージ」を発行。以来、日本語版は毎年、英語版は半年に1度更新中。( ピーター・ニーリー氏の独占インタビューはこちら
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