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インドネシアン・サーフィン・チャンピオンシップ
 
ISC
Indnesian Surfinng Championship
インドネシアン・サーフィン・チャンピオンシップ
 
1999年 ハワイ・ノースショアでの試合を終え、帰りのバスの中でTipi Jabrik(ティピ・ジャブリック)、RizalTanjung(リザール・タンジュン)、Pepen Hendrix(ペペン・ヘンドリック)、Made Adi Putra“Bol”(マデ・アディ・プテゥラ“ボル”)、Wayan Wirtama“Kopling”(ワヤン・ウィルタマ“コップリン”)らによって1つの話が持ち上がった。それは、自分たちのような海外で活躍するインドネシアのプロサーファーの知名度を上げるためには何をすればいいだろう・・と。結果は簡単だった、日本や他国が行ってるようにインドネシアでもチャンピオンシリーズを行い、そのシリーズの頂点に登りつめた選手にはASP(アソシエーション・オブ・サーフィン・プロフェッショナルズ)ワールド・チャンピオン・ツアーへの参加資格を与えればよいのだ。その後、企画はゆっくりと進み、2001年Tipi Jabrikが動き、公式ASPルールブックに則って国内プロアマ公式戦を行うことを決め、彼が申し入れたスポンサーにQuiksilver(クイックシルバー)が3年間インドネシア・サーフィン公式戦のスポンサーを同意。インドネシアン・サーフィン・シリーズへの企画の始まりである。Tipi Jabrikはインドネシア国内公式戦のディレクター&コーディネーターをする際、ASP規格を正確に実行するに当たってASPディレクター Matt Wilson(マット・ウィルソン)に多々アドバイスを受けた。1年を通してインドネシア諸島(主にバリ島)で行われる公式戦 インドネシアン・サーフィンシリーズの成績の結果で優勝者を決め、優勝者には毎年行なう授賞式パーティーで賞金とトロフィーが手渡される。バリ島をはじめ、インドネシア諸島各地域ごとにあるサーファーコミュニティ(サーファー組合)はこの価値ある一大イベント、公式戦をサーファー全員が協力し実行を決断。数あるサーフィン・コミュニティをAISI [Asosiasi Industri Surfing Indonesiaインドネシア・サーフィン連盟]として一丸となり、互いのネットワークを作ることで各サーファーコミュニティとスポンサーたちとの間にスムーズなシステムができた。多々あるサーフィン企業の中からスポンサーとして協力してくれたのがBillabong(ビラボン)のPaul Anderson(ポール・アンダーソン) 氏、Rip Curl(リップ・カール)のJeff Anderson(ジェフ・アンダーソン) 氏。そしてSurfer Girl(サーファーガール)のSteve Palmer(スティーブ・パルマー)氏はISCの運営費を提供。さらにJeff Anderson氏はASP公式ジャッジ規格に沿うようにインドネシアン ジャッジを育成。そして2004年 ISCディレクター Tipi Jabrikの指揮の基、インドネシア サーフィン シリーズが正式に開催。インドネシア・サーフィン界の発展への第一歩となる。
Text by ISC2006